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仙台地方裁判所 昭和57年(行ウ)3号 判決 1985年10月03日

原告 佐藤守 外二名

被告 宮城県知事

主文

一  原告らの本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  主位的請求

被告が昭和五六年六月一日にした別紙目録記載の三名に対する米穀小売販売業者甲の業者登録処分の無効であることを確認する。

2  予備的請求

原告らが、それぞれ被告に対し、昭和五六年二月一八日食糧管理法施行規則二二条一項に基づいてした米穀小売販売業者甲臨時登録申請についての被告の不作為が違法であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  主位的請求

(一) 被告は食糧管理法の定める米穀小売販売業者の登録処分をなす権限を有するものであるが、昭和五六年一月三〇日、米穀小売販売業者甲の新規登録(新規参入)を行う旨公示し、宮城県柴田郡柴田町全域の指定区域につき新規小売販売業者甲の業者登録の定数を三と定め、申請の受付手続を開始した。

(二) 原告らは、右区域で既に米穀小売販売業を行っている者であるが、さらに新たな営業所について右業者登録を受けるべく、それぞれ昭和五六年二月一八日、被告に対し米穀小売販売業者甲臨時登録を申請した(以下「本件登録申請」という。)。

(三) 被告は、昭和五六年六月一日、右業者登録を申請した別紙目録記載の三名の業者(以下「別紙三業者」という。)に対し、同表記載の営業所について米穀小売販売業者甲の業者登録処分(以下「本件登録処分」という。)を行つた。

(四) しかしながら、右指定区域の登録申請者は原告らを含めて定数の三を超える一二名に達しており、適格小売販売業者申請者も右定数を超えていたものであるから、被告としては、「昭和五五年度適格小売販売業申請者が定数を超える場合の選定基準」に従つて抽選により登録業者を選定すべきであつたにもかかわらず、これをなさずに本件登録処分をしたものであつて、同処分には重大かつ明白な違法があり無効たるものである。

2  予備的請求

また、被告は、本件登録申請について、これを審査し、業者登録を行うか否かについて決定すべき義務を負つているところ、右決定をなすべき相当の期間が経過している現在、いまだ何らの決定もしていない。

よつて、原告らは被告に対し、行政事件訴訟法三六条、三七条により前記第一の一記載のとおりの判決を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件登録処分の失効

(一) 米穀の販売を行う者については、従来食糧管理法八条ノ二の規定に基づく販売業者の登録制度がとられていたが、消費者に対しその需要に的確に対応し米穀を安定的かつ円滑に供給するためには、適正な販売活動を確保することが極めて重要な意義を有していることに鑑み、昭和五六年六月一一日公布の「食糧管理法の一部を改正する法律」(法律第八一号)による食糧管理法改正の際(以下、右改正前の同法を「旧食管法」、改正以後の同法を「新食管法」という。なお、新食管法は昭和五七年一月一五日施行された。)、販売業者の登録制度が廃止され、米穀の小売業を営むためには新たに都道府県知事の許可を得ることが必要となつた(新食管法八条ノ三第一項)。

すなわち、新食管法のもとにおける米穀販売業の許可のうち、小売業の許可は、農林水産大臣が定める一定の期日に市町村の区域ごとに、営業所又は販売所について行うこととされ(新食管法施行令(以下、「令」という。)五条の九第三項、五条三項、五条の九第二項)、その有効期間は許可のあつた日から三年で(令五条の九第三項、五条三項)、右許可を行う期日は、農林水産省告示六七号により、許可の有効期間がその許可の日から三年を経過した日に同時に満了するように行う小売業の許可(以下「一斉更新時の許可」という。)の場合、昭和五七年及び同年から三年ごとの各年六月一日とされた(新食糧管理法施行規則(以下「規則」という。)四六条、三一条)。

そして、小売業の許可を受けようとする者は、法令所定の事項を記載した一定の様式の申請書を昭和五七年及び同年から三年目ごとの各年の五月一日から同月一〇日までに都道府県知事に提出しなければならないものとされ(令五条の一〇第一項、規則四七条、前記告示一四の(一))、右申請をした者が次の(ア)から(キ)までに該当する場合に許可するものとされた。但し、小売業の許可の申請者で(カ)に該当しないものに対し許可を行わないとすれば申請に係る市町村の区域内における米穀の適正かつ円滑な供給に支障が生ずることとなると認められる場合においてその者が(ア)から(オ)までに該当するときは、その者に対し、許可を行うことができるものとされた(令五条の一二第一項、第二項)。

(ア) 申請者(申請者が法人である場合には、その役員を含む。(イ)において同じ。)が、禁錮以上の刑に処せられ、又は食糧管理法若しくは同法の規定に基づく命令に違反して罰金の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつた日から二年を経過しない者でないこと及び申請者が、同法八条ノ三第三項において準用する同法八条ノ二第五項の規定により許可を取り消され、その取消しの日から二年を経過しない者でないこと。

(イ) 申請者(申請者が法人である場合には、その役員のうちいずれかの者)又は申請に係る営業所若しくは販売所において小売業に従事する者のうちいずれかの者が一年以上小売業に従事した経験を有すること。

(ウ) 申請者が小売業を的確に遂行するに足りる資力信用を有すること。

(エ) 申請者が小売業に通常必要と認められる施設で都道府県知事が定める基準に適合するものを権原に基づいて利用できること。

(オ) 申請者が、米穀を買い受けようとする卸売業者又は卸売業の許可を受けようとする者に対し、買受け登録の予約をしていること。

(カ) 申請者の申請に係る営業所における米穀の年間販売見込数量(販売所を所有する営業所にあつては、その販売所における米穀の年間販売見込数量を含む。)が都道府県知事が定める数量を超えると認められる者であること(申請者が(キ)に規定する者である場合を除く。)。

(キ) 申請者が、小売業者で営業所に係る小売業を当該許可の有効期間の満了前に廃止しようとするものから当該小売業を譲り受けて引き続き当該小売業を行おうとする者である場合にあつては、当該小売業者から当該小売業に係る債権債務のすべてを承継する者であること。

(二) 新食管法の施行を受け、宮城県知事は、昭和五七年五月一日から同月一〇日までに許可申請のあつた柴田町全域を指定区域とする小売業の許可申請者につき、右許可要件の審査を実施し、同年六月一日、別紙三業者を含む申請者全員について新たに小売業の許可を与えた(なお、右申請期間内の申請者は旧食管法当時の既登録業者のみであつた。)。また、「一斉更新時の許可」期日にあたる昭和六〇年六月一日、新たな許可申請に基づき、新たな許可処分、不許可処分がなされている。

(三) 右のとおり、米穀販売業者に対する従前の登録制度は昭和五七年一月一五日をもつて廃止され、許可制度に改められた結果、原告らが本訴において無効確認を求めている本件登録処分はいずれもその効力を失い消滅した。そして、許可制度への移行に際しては、国民の必要とする主食たる米穀を安定的に供給するという食糧管理制度の基本的役割を果たしうべく、新たに許可要件を定め、許可要件を充足する者に対してのみ小売業の許可を与えるとしているうえ、許可を与えるに際しては一定期間内における新たな許可申請のあつた者を対象としていることからして、現行の小売業者に対する許可は、旧食管法の下での業者登録とは全く別個の独立した新たな行政処分である。

したがつて、原告らが無効確認を求めている本件登録処分はもはや存在しないものであり、また登録制度自体が存在しない以上、業者登録申請者としての回復すべき法律上の地位又は利益はもはや存在しないというべきであるから、原告らの本件訴えはいずれも訴えの利益を欠く不適法なものである。

2  本件登録申請の取下げ

(一) 柴田町の新規業者登録に際しては、原告ら三名を含む八名が柴田町長を経由して業者登録申請をした(柴田町長が登録申請書を受理したのは一二名であるが、うち四名は町長が知事あてに進達するまでの間に申請を取り下げた。)ので、被告において柴田町長に対し、登録に適すると思われる三名を柴田町長と申請書を提出した前記の者らとの話し合いで選出し、右三名以外の者については任意申請を取り下げさせる方向で解決することが最も望ましい旨を告げた。

柴田町長は被告の右意向に沿うべく申請書を提出した前記の者らと協議を重ねた結果、新規登録業者を別紙三業者とすることとなり、昭和五六年三月二四日、原告らは柴田町役場助役室において、申請書の任意還付を受けて持ち帰り、登録申請を取り下げた。

(二) 右のとおり、原告らはいずれも本件登録申請を取り下げているのであるから、本件登録処分の無効確認及び不作為の違法確認を求める当事者適格を欠くものであつて、本件訴えはいずれも不適法である。

三  請求原因に対する認否

請求原因1の(一)ないし(三)は認め、同1の(四)及び2は争う。

本件登録処分にあたり最終的に登録申請をしていたのは別紙三業者のみであり、原告らは前記のとおり本件登録申請を取り下げたものである。

四  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

1  本件登録処分の失効に対する反論

米穀販売業者は、消費者の需要に的確に対応し米穀を安定的かつ円滑に供給する重要な営みをすることから、その適正な販売活動を確保するため、新食管法のもとにおいては、法律上米穀の流通を担うものとしての位置付けを明確にし、米穀販売業者を登録制から許可制に改めた。しかしながら、従来の登録制は、一定の登録要件を定め、その要件のある者についてこれを登録せしめるという実質的には許可制の実体を有していたもので、新食管法は右実体と名称とを一致させたにすぎない。小売許可の申請要件も、従来のように遵法要件、経験要件、資力・信用要件、施設要件、規模要件の五要件については、若干の差異はあるが、そのまま引き継がれ、新たに米穀卸売業者との買受け登録の予約が要件として加わつたが、これらは従来の登録制度の実質を変更するものではなく、現に柴田町の小売業者については、旧食管法当時の登録販売業者が許可を受け営業を継続している。

したがつて、原告らが本件登録申請において登録申請者としてもつ法律上の地位又は利益は、新食管法上の許可申請者としての地位と同一内容を有するもので、しかも、右登録申請者としての地位又は利益は、これが承認、登録されたならば現業者としてさらに更新されるべき地位にあつたものであるから、原告らの本件訴えはいずれも訴えの利益があり適法なものである。

2  本件登録申請の取下げに対する反論

原告らが本件登録申請を取り下げたとの事実は否認する。原告らは、柴田町長及び同助役から申請を取り下げるよう勧告されたが、これを拒否し、申請書は受領したものの受取書に署名、押印することは拒否して右申請を取り下げたものでないことを明確にしている。

したがつて、原告らが本件登録申請を取り下げたことを前提とする被告の主張は失当である。

第三証拠<省略>

理由

一  本件訴えの適否について

被告は、新食管法の施行により旧食管法当時に存した米穀の小売販売業者の登録制度は既に失効しているから、もはや原告らには本件訴えを求める利益がない旨主張するので、まずこの点について検討する。

1  行政事件訴訟法が定める抗告訴訟は、行政庁の処分又は処分の懈怠により違法に自己の権利又は法律上保護されている利益を侵害された者が、右法益の回復を目的として提起する訴えであるから、右法益の回復の利益とその可能性が存する限り、たとえその回復が十全のものでなくとも、なお訴えの利益が肯定される反面、このような回復の可能性ないしは利益が皆無となつた場合には、たとえその処分等が違法であつても、国家賠償法の規定に基づく損害賠償等の請求により救済を求めるのは格別、抗告訴訟としては訴えの利益を欠くに至つたものといわなければならない。

本件は、旧食管法施行当時における米穀小売販売業者甲の新規参入にあたり、別紙三業者と競願関係にあつた原告らが、原告らの本件登録申請を放置したまま別紙三業者に対してした被告の本件登録処分の無効の確認と、原告らの本件登録申請を放置している被告の不作為の違法の確認を予備的に求めるものであるところ、このような各訴えを求める利益は、原告らが業者登録を受けることにより米穀小売販売業者甲としての営業を行うことができた可能性があつたのに、被告が原告らの本件登録申請を放置したまま、別紙三業者に対して本件登録処分をしたことによりその可能性が失われたので、別紙三業者に対してした本件登録処分の無効ないしは原告らの本件登録申請に対する不作為の違法を確認することによつて、原告らが再びこのような可能性を回復するという点にあると認められるから、仮に、右処分の無効又は不作為の違法が裁判所によつて認められ、被告が当初の原告ら及び別紙三業者の競願する登録申請に対し、改めて登録業者の選択処分をすべき拘束を受けることとなつても、既にこのような登録制度自体が失効し、もはや登録を求める意義が失われている場合には、別紙三業者に対してした本件登録処分の無効及び原告らの本件登録申請に対する不作為の違法の確認を求める利益は失われるに至つたものといわざるをえない。

2  ところで、旧食管法当時採用されていた米穀小売販売業者の登録制度は、昭和五七年一月一五日施行の新食管法により廃止され、米穀の小売業を営むについては、新たに都道府県知事の許可を受けることが必要となり(新食管法八条ノ三第一項)、その許可要件として旧食管法における登録要件とは一部異なる一般的許可要件が設けられ(令五条の一二)、右制度の切替えにあたつては、経過措置として、従来の登録業者を新食管法の施行の日から六ケ月間は新食管法八条ノ三第一項の許可を受けたものとみなし、(その者がその期間内に当該許可の申請をした場合において、その期間を経過したときは、その申請に対し許可をするかどうかの処分がある日まで同様とする。)(新食管法附則四項)、さらに所定の申請期間(昭和五七年五月一日から同月一〇日まで)内に小売業の許可申請のあつた者を対象として(但し、申請資格には別段の制限はなく、前記附則により許可を受けたものとみなされた以外の者も申請適格を有する。)、都道府県知事が前記の許可要件に照らして許可、不許可の処分を決定し、その許可の有効期間は許可を行つた日から三年間とされた(新食管法八条ノ三第二項、令五条の九第三項、五条三項、五条の一〇第一項、規則四六条、三一条、四七条、農林水産省告示六七号一四の(一))。

これを本件で問題となつている柴田町についてみるに、成立に争いのない乙第三一ないし第三三号証、第三七、第三八号証によれば、柴田町の全域を指定区域とする小売業者については、新食管法施行後所定の申請期間内に一八名の者から小売業の許可申請がなされ(申請したのは別紙三業者を含め旧食管法施行当時の登録業者のみであり、原告らは本件登録申請に係る営業所については許可の申請をしていない。)、被告は右の各申請がいずれも前記の一般的な許可要件を充足しているとして昭和五七年六月一日これを許可し、さらに右許可の有効期間の満了に伴い、昭和六〇年六月一日所定の申請期間内に小売業の許可を申請した一八名の者(従来の許可業者のうち「平間商店」(販売業者平間喜美郎)に代わつて「マルサ商店」(同佐藤逸彦)が新たに申請したのみで、その余は従来の許可業者の再申請)に対して許可がなされ、これらの者が右許可に基づき現に営業を行つていることが認められる。

3  右によれば、米穀の小売販売に関する登録制度は新食管法の施行により廃止され、旧食管法上の登録小売販売業者としての地位は現行法上存在せず、また、新食管法施行後六ケ月を超える期間を経過した今日においては、仮に原告らが新食管法施行の日に旧食管法の登録小売販売業者であることが確定されたとしても、原告らが当然に本件登録申請に係る営業所について新食管法における小売販売の許可を受けたものとみなされる余地のないことも明らかである(原告らが右営業所について小売業の許可申請をしていないことは前記のとおりである。)から、原告らの本件訴えは、もはや求める意義がなくなつた登録小売販売業者として本件登録申請に係る営業所について営業する可能性の回復を求めるものとしていずれも訴えの利益を欠くに至つたものといわざるをえない。

ところで、原告らは、旧食管法における米穀小売販売業者の登録制度と新食管法における許可制とは実質的に同一であり、しかも、右登録の申請者としての地位又は利益は、これが承認、登録されたならば、現業者としてさらに更新されるべき地位にあつたものであるから、原告らの訴えには訴えの利益がある旨主張するのであるが、旧食管法における登録制が許可制の実体を有していたとしても、新食管法においては小売販売業者の許可要件について従来の登録要件とは一部異なるものを設け、登録制から許可制への切替えにあたつては所定の許可の申請期間内に申請のあつた者を対象として許可処分がなされていること、そして右許可の申請資格が登録業者に限定されていたものではなかつたことを考えるときは、新食管法の施行による許可制の導入及びこれによる都道府県知事の小売業者に対する許可処分は、登録制から許可制へという単なる名称の変更に伴う小売販売資格の有効期間の延長ないしは更新といつた評価を超え、従来の登録処分とは別個の、新たな申請に対する独立の処分といわざるをえないものであつて、登録業者としての地位の回復が、本件では問題とならない前記新食管法附則四項に定める経過措置の場合を除いては、そのまま許可業者としての地位の取得やその取得の可能性に対する前提となるものではないから、原告らの主張は採用し難いものといわなければならない。

二  そうすると、本訴請求はいずれも不適法であるから、その余の点について判断するまでもなく、却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田平次郎 光前幸一 大門匡)

別紙目録<省略>

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